「んっ……は、ぁ……」
ドアの向こうから、セラフィの声がかすかに聞こえてくる。
押し殺そうとして、それでも抑え切れていない甘い喘ぎ声。
普段ならそれを聞いているだけで俺の方も興奮してくるはずだった。
なのに、今それを聞いている俺の心は、不思議と冷め切っている。
まるで芯から凍りついてしまったかのように。
肉紐の1本をドアノブに伸ばし――、
「……ぇ?」
ドアを開けると、中にいたセラフィが一瞬指を止めてこちらにぼうっとした視線を投げかけてきた。
この部屋に入るのは、初めてこの廃ビルに来た時以来だ。
それからはずっと自分に割り当てられた部屋で売り物用の天使の調教と、そして今目の前にいる彼女との行為に耽っていた。
あの時にはなかったと思う壁際の粗末なベッドの上で、熱に浮かされているように頬を紅潮させ瞳を潤ませているセラフィ。
清楚な白いワンピースと、その裾をたくし上げ秘部に指を添えて自らを慰めているという淫猥さのギャップ。
それを見てもなお、俺の心はざわめかない。
「ど、どうしたんですか?」
ようやく事態を理解したのか、慌てて服を整えて手を後ろに隠すセラフィ。
その表情は俺がいきなりこの部屋に来たことに対する当惑と、恥ずかしい行為を見られた羞恥に彩られていた。
そんな彼女に俺はじりじりと近づいていく。
何本もの肉紐を蠢かせながら――。
「――!? だ、駄目です!」
俺がセラフィに対して肉紐を伸ばすということがどういうことなのか、それは彼女も十分過ぎるほど知っている。
そしてそれは今、キッカによって禁止されていることだ。
それでも俺は動きを止めなかった。
「ご主人様に知られたら、今度こそ――あ!?」
反射的に後ろに下がろうとしたセラフィの背中が壁に当たる。
そのことが、俺の中で最後の引き金を引いた。
逃げ場のない彼女に俺は一斉に無数の肉紐を差し向けたのだ。
「ヤケになったら駄目です。
 我慢していれば、きっとご主人様だってわかって――ぁぷ!?」
一瞬で手足の自由を奪い、小さな口に何本もの肉紐を捩じ込んで言葉すらも奪いとる。
俺の方からは一切の言葉を放たず続けられる荒々しい行為。
セラフィの瞳に俺のことを心配する気持ちとは別に、自分自身のことを案じる色が浮かぶ。
それを感じ取り、一瞬だけ気持ちが揺らぎそうになった。
覚悟は決めてきたはずなのに、この期に及んで――。
迷いを断ち切るために、彼女自身の手によってすでに熱く濡れそぼっているぬかるみに肉紐を送りこむ。
元々、セラフィは快感に対してどうしようもなく弱い。
そうなるように調教されきっている。
そして、俺はそんなセラフィの性感帯を知り尽くしていた。
だから手足や言葉に続いて、彼女から思考の自由まで奪うのにもそれほどの時間は必要ない。
キッカが帰ってきたのは、度重なる絶頂の末にセラフィが意識を失ってからしばらくしてのことだった。



「当然、覚悟はできてるんだよね?」
部屋に入ってくるなり捕らえてきた天使を無造作に放り投げ、こちらを見据えたキッカの瞳に浮かんでいるのがどんな感情なのか俺には読み取ることができなかった。
怒りなのか、呆れなのか、哀れみなのか、それとも全く別の何かなのか。
「でもまあ、最期に愛しのセラフィと散々やれたんだから思い残すことはないよねぇ?」
キッカの唇の端が吊り上がり、目が細められる。
それに合わせて腕がすうっと上がり、その指先が俺に向けられた。
それだけで、俺はまるで銃口を向けられているような気分に陥り、背筋を駆け抜けていく死の恐怖に全身を震わせる。
いや、実際正真正銘の悪魔であるキッカの指先は、拳銃なんかよりはるかに危険な代物だった。
そこから逃げるには俺の体の動きは鈍過ぎる。
肉紐はともかく、本体の方はそれこそカタツムリのようにじりじりとしか動けないのだ。
だから俺は、捕らえたままだったセラフィの体をとっさに自分の前に引き寄せた。
キッカからの攻撃に対する盾にするように。
罪悪感を感じているだけの余裕はない。
今更言い訳にもならないが、今は手段を選んでいられる状況ではなかったのだ。
もう後戻りはできない以上、どんな小さな可能性でも拾っていく必要があった。
ただ、この方法に対する不安もある。
セラフィが本当にキッカに対する盾になるのか。
言ってみれば、これは1つの賭けだった。
短いながらも共に行動して、分は決して悪くないとは思っていたが、それでもセラフィごと殺される可能性だって小さくはなかったからだ。
「ちっ……」
けれど数秒の沈黙の後、セラフィの体の向こう側から聞こえてきた小さな舌打ちに、俺はその賭けに勝ったことを確信する。
それでも最初の賭けには勝ったことを喜んでいられるだけの余裕はなかった。
まだ細い綱の上にいることに変わりはないのだ。
完全に渡りきるまで足を止めることはできなかった。
本体をセラフィの体で隠しながら、その盾を迂回させるように肉紐達を繰り出していく。
「このっ!」
何本もの肉紐の先端に同時に鋭い痛みが走った。
いつのまにかナイフのように伸びていたキッカの赤い爪が俺の肉紐を切り裂いていく。
爪による一閃がセラフィの体越しにちらちらと見える度、頭の中にノイズのような痛みが駆け抜けていく。
それでも俺は矢継ぎ早にさらなる肉紐を生み出していった。
1本切られたならば2本を追加し、2本切られたならば3本を追加する。
俺が生み出し、キッカが切断する。
いつ終わるとも知れない鬼ごっこのように、俺達は狭い部屋の中で攻防を繰り返す。
そのペースは、最初の内は拮抗していた。
けれど、その天秤が徐々に徐々に傾いていく。
1本1本ならまだ我慢できた痛みが、積み重なることでさすがに無視できるレベルを超え始めたのだ。
こんなことをしていてもただ苦しむ時間を延ばしているだけじゃないのか。
足を止めれば、待っているのは俺自身の死以外にありえない。
だけど、それなら一瞬で済むんじゃないか。
恐れていたはずの自分の死。
それが、ひどく魅力的に思えてくる。
キッカの動きに合わせ、常に俺の本体が完全に隠れるように掲げていたセラフィの体。
心が折れかけたせいだろうか、それを移動させるのが一瞬遅れてしまう。
長く伸ばした爪だけではなく、それを振りかざすキッカの姿が一瞬だけだが垣間見える。
その顔にあったのは、今まで見たことがない焦りの表情だった。
俺の痛みのように、キッカの方も疲労が積み重なっていたんだ。
考えてみれば、肉紐だけを動かせばいい俺とは違って、キッカは全身を動かして殺到する肉紐達を防がなければならない。
加えて、セラフィの体によって俺の本体には攻撃できないというのは精神的に辛いはず。
攻めているのは、俺なんだ。
現金なもので、その認識にたどり付いた瞬間に俺の心が再び立ち上がるだけ気力を取り戻す。
我慢できないと思っていた激痛が、まだ少しだけなら耐えられそうに思えてきた。
いちかばちかセラフィの体を持ち上げていた肉紐までをも攻撃に回す。
その瞬間を狙われたならば終わりだったが、俺の予想通り、今のキッカにその隙を突くだけの余裕はなかったらしい。
今回の賭けも俺の勝ち。
そして、今回の賭けは、この攻防自体の勝敗を決するほどに重要なものだった。
「しまった!?」
一気に数を増やした肉紐の1本が、爪を逃れて彼女の細い足首に絡み付く。
そこからは、もう一方的だった。
一気に引き倒し、残った手足にも次々に肉紐を巻き付けていく。
「このっ! 離せ! 離しなさいよ!」
必死にもがくキッカ。
だけど、当然のことながらその程度で解放したりするつもりはなかった。
そう、最も危険な部分は乗り越えたとはいえ、まだ全てが終わったわけではないのだ。
今からキッカの体にしっかり教え込む必要があった。
これからは、俺こそが彼女の主なんだということを――。



絨毯のようにひしめいている肉紐に手足と羽、そして尻尾を埋没させた仰向けの状態で、それでもキッカは俺を睨み付けていた。
ただ、その眼光にはどこか鋭さが足りていない。
それもそのはずで、今この瞬間もキッカは手足や尻尾の表面を無数の肉紐に這い回られている状態なのだ。
十分に開発した後の天使なら、これだけでも絶頂に導くことができた。
今のキッカではおぞましさぐらいしか感じられないかもしれないが、すぐにその境地に追いやってみせる。
そう、思っていたのだが――。
「あ、くふぅ……」
予想に反し、不意にキッカの口から妙に艶かしい吐息が零れ落ちる。
次の瞬間には悔いるように唇を噛み締めるが、さっきのは紛れもなく――。
そこで俺の頭に1つの仮説が閃いた。
以前、セラフィのあそこにキッカが尻尾を挿入していたことを思い出したのだ。
天使にはない尻尾という器官。
ちょうど男にとってのペニスや今の俺の肉紐のように、もしかして挿入されたセラフィだけでなく、キッカの方も快感を感じていたのではないだろうか。
「な、なにす……ひぁう!?」
それを裏付けるために手足を嬲っていた肉紐の動きを止め、尻尾だけを重点的に嬲り回してみると案の定キッカはあられもない反応を返してきた。
すぐに悔しそうに顔を歪めるが、それすら次の瞬間には快楽に緩みはしたない嬌声を溢れさせてしまう。
間違いなく、尻尾は彼女にとっての性感帯だった。
それも、かなり感度のいい。
「ひっ……こ、この、やめっ……く、っぁ」
肉紐の絨毯の中、ディープキスで舌を絡めるように、複数を融合させた極太の1本を纏わりつかせ扱きあげる。
ぐねぐねと動き回るしなやかな尻尾はキッカにしてみたら逃げようとしているのかもしれないが、俺からすれば積極的に絡め合わせようとしているとしか思えなかった。
いや、実際に俺の思っている通りなのかもしれない。
さらにその極太の隙間を細い肉紐の先端の口で何箇所も一斉に啄ばんでいく。
「ひあぁ、だめ、それ……やめないと、くぁん!?」
するとキッカの胴体が打ち揚げられた魚のようにビクビク跳ね上がり、尻尾から生まれる肉悦が俺の想像以上に大きいことを、もはや声を抑え切れずよだれの玉を撒き散らしている口以上に教えてくれた。
元々たいして面積の広くなかった布地を取り去ると、露わになった割れ目からはすでにとろとろと蜜が溢れ出し、平坦な胸やその割れ目の上端にある3つの突起も生意気に勃起し始めている。
その3個所にそれぞれ肉紐を伸ばしていくと、さすがにキッカの頬が引き攣った。
その先端にある口の威力は、尻尾で十分思い知っているからだろう。
だが、尖った牙が覗くその口から制止の言葉が放たれるよりも、俺がその敏感な肉豆に吸い付く方が先だった。
「はひぃぃ!?」
ちゅうちゅうと音を立てて吸い上げながら、釣り糸を引くように時折ピンと引き上げる。
それも、キッカが予想できないように3箇所のタイミングを微妙にずらしながらだ。
操り人形のように上から垂れ下がる肉紐に為す術もなく翻弄される悪魔の少女。
今まで自分が従ったきた相手を思うがままにできる黒い喜び。
それに急き立てられるように俺は新たな責めを繰り出した。
新たに生み出した極太のそれを、死角から一気にアナルに突き立てたのだ。
「あぐぅ!」
体内にうまれた圧迫感からか、キッカが苦しそうな呻き声をあげる。
けれどそれも結局は一瞬だった。
「はぐっ……な、なに、これぇ!?」
次の瞬間には目を白黒させながら悲鳴を迸らせる。
尻尾を扱かれたり、敏感な突起を吸い上げられる程度ならセラフィとの行為でもやっていたかもしれない。
だけど、尻尾の付け根を裏側から、腸の側から抉られるのなんて初めてのはず。
まして、そこをピンポイントに吸い立てられるなんて、俺のこの肉紐ぐらいでしかできるはずがない。
秘園からはますます量を増した蜜が途切れることなく伝い落ち、手加減のない抽送によって捲くれ上がった肛穴に巻きこまれていく。
腸液と愛液が攪拌され、じゅぶじゅぶと卑猥な音を響かせながら聴覚からもキッカの心を蝕んでいった。
「はひっ……ダメ、これ以上されたらぁ!」
初めて聞くキッカの懇願するような声音に、とめどなく込み上げてくる征服感。
あえて膣には挿入しない。
そこは、完全に彼女が屈服して、自ら求めてくるまで取っておくのだ。
いつも上の立場から俺に命令していたあのキッカが、俺に入れてほしいと弱々しく、情けなく哀願してくる。
思い描いただけで心が沸き立ってくる想像。
数時間前、セラフィを犯していた時が嘘のようだった。
あの時は精神的に追い詰められていて、こちらが愉悦を感じているだけの余裕なんてなかったからただただ必死でセラフィの体を貪っていた。
そう考えるともったいないことをしたとも思う。
だが、これからは好きな時にキッカもセラフィも、そして他の天使も犯せるんだ。
「い、イカされちゃう!? ……こんなの、悔しいのにぃ!」
ついには大粒の涙を零しながら、一気に性の高みへと駆け上がっていくキッカの体。
そこへ俺の方も追随していく。
「はああああああ!」
キッカの絶叫を聞きながら、俺は彼女の全身と腸内に、ありったけの欲望を叩き付けていた。



その瞬間、世界が一瞬で切り替わる。
そこはあの廃ビルの一室のままで、けれどさっきまでよがり泣いていたはずのキッカは何事もなかったかのように目の前に平然と立っていた。
奪い取ったはずの服も、快楽によってぐずぐずに熔かしたはずの表情も、さっきまでのことが幻のようにいつものまま。
いや、本当に幻だったのか。
「あんたが考えてることはだいたい想像がつくけど、まあそんなとこよね」
キッカの唇の端がにぃっと吊り上がり、猫のように目が細められる。
それに合わせて腕がすうっと上がり、その指先が俺に向けられた。
今でも幻だったなんて信じられないあの瞬間の再現。
俺はとっさにセラフィの体を引き寄せようとして、体がぴくりとも動かないことに気がついた。
「ムダムダ。
 あんたの神経は、もう指先――じゃなくて今は触手か――触手の先までズタズタになってるから」
キッカの笑みがますます深くなる。
口の端から覗くのは、獰猛な肉食獣を連想させる尖った牙。
余裕の笑みを浮かべながら平然と立つ彼女と、微動だにできない俺。
格が違うということを心の底から思い知らされる。
それこそ、お釈迦様の手の平の上にいることに気づいた孫悟空のように。
鳳凰を前にした1羽の鴉のように。
「最期にいい夢見れたでしょ? まあ短い間だけど仕事を手伝ってくれたから退職金代わりってやつ?」
キッカの指先、綺麗に手入れされた赤い爪が滑るように俺に向かって伸びてくる。
「じゃあね」
短い別れの言葉が俺の意識に、そして爪の先端が俺の体に食い込んできて、その瞬間俺の意識は断ち切られていた。



「……むぁ?」
顔を上げると、目の前にはビールの缶が並んでいた。
どうやら酔っ払った挙句に、そのままテーブルに突っ伏して眠ってしまっていたらしい。
とっくに放送時間は終わっているようで、付けっぱなしのテレビは空しく砂嵐を映し続けている。
ザーザーという耳障りなノイズに意識が掻き乱され、さっきまでひどく長い夢を見ていた気がするのにその内容が全く思い出せなくなっていた。
内容は憶えていないのに、それがひどく残念に思えて、それと同時にそのことにどこか安堵しているような妙な気分。
「……あ…………ただい…………スト中……」
と、不意にそのノイズの中に人の声らしきものが混ざり始めて、俺の注意を引き寄せる。
それに合わせて砂嵐にも乱れが生じ、次の瞬間にはちゃんとしたスタジオの映像が映し出されるようになっていた。
反射的に時計を見るが、朝というにはまだ早いはずなのに。
『こんばんわー、今日も始まりました深夜の不定期海賊放送テレビショッピング“悪魔の囁き”。
 今夜はここテレビ○日のスタジオをお借りしての放送となりまーす!』
けたたましい声。
「な、なんだ?」
テレビの画面には、さっきの声の主である少女の顔がこれ以上はないというほどドアップで映っている。
非の打ち所のない完璧な営業スマイル。
ニカっと笑った口元に、随分尖った八重歯が覗く。
というか、八重歯というより、もう立派な牙のようだ。
『初めての皆さんはじめまして、常連の皆さん3ヶ月ほどのご無沙汰でした、今夜も進行を務めますのはもちろん私、悪魔のキッカ』
キッカと名乗った少女が身を引き、その全身が画面に映るようになる。
大胆に肌を露出させたチューブトップにホットパンツ。
なるほど悪魔という設定だけあって、いかにもな感じのファッションだった。
その姿に、なぜか心の表面にさざなみが立つ。
この悪魔役の少女は、初めて見る相手のはずだった。
少なくとも記憶にある限り、今まで別の番組で見た憶えはない。
もちろん、この番組自体に関してもそのはずだ。
なのに、俺はこの娘のことを、そしてこれから出てくるだろうもう1人の天使の少女のことを――。

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