「鬼はーそとー」
玄関に向けて豆を数粒放り投げる。
「福はーうちー」
振り返って今度は部屋の中にパラパラと。
2月3日の夜、俺は幾ばくかの空しさを感じながら毎年恒例の豆まきを行っていた。
大学1年の冬、正直1人暮しになってまでわざわざやることだろうかと思わなかったわけでもないのだが、毎年やっていたことをやらないというのも何となく気持ち悪くて結局続けているこの恒例行事。
ただまあ、片付けのことを考えて投げる豆の量は控えめで、しかも冷蔵庫の下とか面倒な場所に転がり込まないように気をつけているのは、我ながらこれ以上ないほどみみっちいとは思うけれど。
「鬼はーそとー」
だいたいカノと一緒に暮らすようになった今、鬼は外、なんていうのもどこか滑稽だった。
「福はーうちー」
そのカノは今はウチにいない。
1週間ほど前に、観測史上最大クラスの寒波が日本を襲った。
それによって下がりに下がった気温が影響を及ぼしたのか、外套の温度調節機能がうまく働かなくなってしまったらしい。
異変を察知したリィナが、本来寒さに弱く、コタツから出る事ができなくなってしまったカノを引き取りに来たのがその翌日。
その時の話では数日もあれば修理は終わるだろうという話だったのだが、カノは未だに帰ってきていない。
まさかこのまま夏まで帰ってこれないんじゃないか。
心配は心配なのだが、こちらからは連絡の取りようがない以上俺にできるのはただ待ち続けることだけ。
リィナも発明が趣味なら、電話か何か作ってくれればいいものを。
「鬼はーそとー」
カノほどではないにしろ、俺だって寒いのはあまり好きじゃない。
そろそろ終わりにしてコタツに戻ろうか、そう思って最後のつもりでまいた豆。
それの描いた放物線の先、玄関の扉に突然人間の首が――、
「ぁぅっ!?」
まるで俺が投げたのが豆ではなく癇癪玉だったかのように狭い玄関に何発ものフラッシュが一斉に焚かれ、バチバチという音が鼓膜を震わせる。
「うぉっ!?」
とっさに目を閉じ、その上から腕で覆う。
改めて考えると光も音もそこまで強いものではなかった気もするが、どうも以前のことで特に光に対して過敏になってしまっているらしい。
ともあれ再び目を開くと、そこには幾つかの豆が散らばっていること以外は特に変化のない狭い玄関。
1人暮しを始めた直後だったら、何が何だかわからなかっただろう。
だけどここ数年でカノやリィナと出会い、俺はそれまで知らなかった世界の存在を知った。
さっきの現象が起きる直前、俺は確かに扉から人間の頭部がはえてくるのを見た気がする。
「今度は……鬼なのか……?」
自然と込み上げてくる溜め息を吐き出しながら、俺はドアノブに手を伸ばした。

ドアを開けると、玄関前に真っ赤な着物を来た女の子がうつ伏せに倒れていた。
あの2人みたいな被り物を着けておらず、こちらに向けられた後頭部には艶のあるショートカットの黒髪に小さなかんざしが1つだけ。
その体躯はリィナよりも小柄だろうか。
数秒見守っても彼女が動く気配はない。
左右を確認。
他に人影はない。
夜、俺の部屋の前で倒れ伏した少女。
誰かに見られる=俺の人生さようなら。
選択肢はなかった。
「くそぅ……」
急いで駆け寄り、少女の身体を抱え上げた。
いわゆるお姫様だっこな状態で持ち上げられた少女は、それでも意識を取り戻すことはなく首が力なくかくりと垂れる。
一瞬嫌な想像が頭を過ったが、色鮮やかな着物の胸の部分が小さく上下していることを確認して胸を撫で下ろした。
ただ首が垂れた拍子に前髪が横へ流れ、露わになった額には皮膚を内側から持ち上げる2つの突起が存在しているのが確認できると、逆に重苦しい空気が胸に満ちていくのも感じてしまう。
その突起から俺は予想が的中したことを確信し、けれど予想が当たったことを喜ぶ暇もなく、最後にもう1度周囲を確認してから俺は部屋の中に戻ったのだった。

「ん……んん……」
玄関でのやりとりから10分ほど、これからどうしたものか頭を悩ませていると、鬼の少女が小さな呻き声を漏らしながら目を覚ました。
急いで敷いた布団の上でむくりと体を起こし、周囲をキョロキョロと見回す少女。
宝石のように透き通った大きな瞳が俺の視線とぶつかると、今の状況が掴めないのか首を傾げてこちらをじっと見つめてくる。
向こうが何も言わないから、気まずいことはこの上ない。
そう言えば、人間以外と直接見つめ合うのは実は初めてだったかもしれなかった。
カノの時は一瞬で向こうが気絶してしまったから。
「え、えーと、とりあえず体、大丈夫?」
とりあえずその雰囲気を払拭しようと、できるかぎりの優しい笑顔を浮かべ(たつもりで)問い掛ける。
それを聞いた少女の反応は、何やら妙に慌しいものだった。
何かを言おうとしたのか小さな口が動きかけ、けれど次の瞬間押し止めるように両手がそれを覆う。
そして今度は大きく広がった着物の袖の中に手を入れたかと思うと、中をごそごそと探り始めたのだ。
それからは用途を想像することができないような何かを取り出しては放り投げ、取り出してはまた放り投げる。
わたわたとした、なんとなくハムスターとかそっち系の小動物を彷彿とさせる少女の仕草に思わず俺は和みかけてしまう。
きっとあの袖の中は四次元になっているんだろうなぁ。
一方で彼女の方はなかなか目当ての物にたどり付けないらしく、形のいい眉の端が段々下がり、八の字に近づいていく。
助けた方がいいだろうかと自問して、でも袖の中に俺が手を突っ込むわけにもいかないだろうと自答した。
そんな感じで見守っていると、半分以上泣き顔になっていた少女の顔に突然笑顔の花が咲く。
それだけなら、思わず見ているこっちまで笑顔になってしまいそうなほど晴れやかな笑み。
だけど今度は逆に俺の方が慌てる羽目になった。
彼女は最後に小さなかぼちゃ頭を取り出すと、満面の笑みでそれをこちらに突き出したのだ。
「うおっ!?」
思わず目を庇ってしまったのは、やっぱりカノと暮らし始めた頃の後遺症。
けれど実際には予想したような光は来ず、代わりに届いたのは耳に心地いい涼やかな声だった。
『あの、どうされたんですか?』
「あ、い、いや、なんでもない」
自分の反応に気恥ずかしさを感じながら腕を下ろすと、その向こうからは少女が不思議そうに首を傾げてこちらを見つめていた。
その手の平には手乗りサイズの小さなかぼちゃ頭。
左右には(少なくとも俺から見たら)ガラクタの山。
『あ、これは“すらっとちゃん”といって、私の代わりにお話してくれるものです』
俺の視線が特にそのかぼちゃ頭に注がれているのを見て取った少女がそう説明してくれる。
確かにその説明も、その小さなかぼちゃ頭の口から発せられていた。
『私、おしゃべりが苦手で、それでお姉様が作ってくれたんです』
お姉様、というのは十中八九リィナだろう。
少女はそう言って、というかかぼちゃに言わせて、それを自分の脇に置く。
そして布団の上に正座したかと思うと、それこそ着物を着ていることもあって時代劇を思わせる仰々しさで、三つ指を付いて深深と頭を下げた。
『本日、お相手を務めさせていただきます、すずと申します。
 何もわからぬ未熟者ではございますが、よろしくお願いいたします』
直接持っていなくてもすらっとちゃんとやらは有効らしく、そんな言葉が紡がれる。
少女の後頭部にはさっきも見たかんざし。
頭の動きに合わせて、さらさらと流れる黒髪。
俺はさっきの言葉の内容に呆気に取られながら、それを見つめる羽目になった。

『あの……?』
頭を上げた少女――すずというらしい――が上目遣いに固まってしまった俺を見る。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、相手とか何とかいきなり言われても……」
その視線に我に返った俺が言えたのはそんなことぐらい。
もちろん前例がないわけじゃないから、予想していなかったわけではないが、だからといってはいそうですかと受け入れられるわけがない。
『お姉様から手紙を預かっております。
 こちらを――』
今度は一発で袖の中から取り出された1通の封筒。
思い出すのはカノが初めて来たときに持ってきた紹介状だ。
正直受け取りたくはなかったが、あの時のカノと同じで、このすずという少女もこれさえ見せれば大丈夫という自信、というかリィナへの信頼と言うかをその顔に浮かべている。
読まずに突き返すことなんてできるはずがなかった。
どうして皆、あんな悪魔をそんなに慕ってるんだ。
『お兄さんお元気ですか?  と言っても、最後に会ってからまだ1週間も経っていませんから、きっと体の方は大丈夫だと思います。
 まず最初にごめんなさい、修理の方はまだもうしばらくかかりそうな感じです。
 その間、お兄さんが寂しくて泣いているといけませんから、ちょうどこの季節そちらに行く予定だったすずをお兄さんの所にと思い、この手紙を書いています。
 その子もそろそろ人間の生気を吸う年頃ですから、カノの時同様優しく教えてあげてください。
 ただ、すずにはお兄さんのはまだちょっと大きすぎると思いますから、その辺は配慮してあげてくださいね。
 私的には足なんかが、お兄さんにとってもおすすめだと思います。
 ちなみにこのことはカノも了承済みですから、そこはご心配なく』
相変わらずの血文字風の演出が施された文面は、読んでいるだけ頭が痛くなってくる。
けれど視線を上げると、そこにあるのはこっちに真っ直ぐに向けられたまさに純心無垢といった感じのキラキラした瞳。
追い返す、わけにもいかないよなぁ。
内心頭を抱えていると――、
『あの、裏面にも何か書いてありますけれど』
そんなことを言われた。
裏返してみると、確かに何か書いてある。
ただし滅茶苦茶小さい字で。
「なんだ……?」
ぎりぎりまで顔を近づけてみる。
『万が一にもお兄さんが怖気づくといけませんから、この手紙に人間の男性によく効く媚薬を染み込ませておきます(はぁと)』
よほど顔を近づけないと読めないほど小さい字で書かれたその1文を読み終えるのとほぼ同時、不意に桃のような甘い香りが鼻先をくすぐっていく。
その正体に気づいた時には、もう後の祭だった。

薬のせいで下着の中でパンパンに張り詰めたペニスを外に出すと、そこにすずの無邪気な視線が遠慮なく注がれた。
布団の上にあぐらをかいた俺の前で、四つん這いになっている鬼の少女。
さすがにまじまじと見られると恥ずかしくて、薬の効果とはまた別で顔がかっかと火照ってくる。
敏感になったそこはすずのかすかな吐息にも反応してビクンビクンと跳ね、先端に先走りの液を滲ませていた。
『こんな大きいの、入るでしょうか』
性行為の最低限の知識はあるらしい。
すずがこちらを見上げながら、そんな不安をかぼちゃに代弁させる。
「いや、ちょっときついんじゃないかな」
カノも俺としたのが初めてだったらしいけれど、最初はかなり辛そうだった。
それを思うと、リィナの言うようにカノよりもさらに小柄なすずに挿入するのは、彼女にとってかなりの負担になるだろう。
「とりあえず、手でこすってみて」
生気を吸うための仕組みが2人と同じだということは確認してある。
つまりは、すずによって俺が絶頂に至ればいいわけだ。
だからリィナの手紙にあった1行を意図的に無視して、手コキと呼ばれる1番無難な行為を口にする。
これなら、まあこちらもそれほど罪悪感を抱かずにいられそうだった。
もちろんそれは挿入することと比べれば、というレベルなわけだけど。
それくらい、すずの容姿は幼かった。
しかも人間との外見上の違いは、たまに前髪の隙間から見え隠れする円錐型の突起ぐらいだ。
かぼちゃ頭やスイカ頭にある非現実感がないだけに、この少女とこういったことをする際の精神的な抵抗はかなり大きかった。
「くっ……」
小さな手が慎重過ぎるほど慎重に触れてくる。
けれど柔らかなその感触はかすかな吐息とは比べ物にならないくらい鮮明で、思わず腰を痙攣させてしまう。
『すごく、熱くなってます。
 それに、固い……』
感触を確かめるように手の平が這う。
ひやりとしたそれに幹の部分をさすられているだけで、あっという間に射精感が高まっていく。
『あの……舐めてみても、いいですか?』
ビリビリと電流のように全身を駆け巡っていく快感に流されまいと抗っていると、少しその感触に慣れたらしいすずがそんなことを聞いてきた。
一瞬、言葉に詰まる。
『駄目、ですか? お姉様からそういうやり方もあると聞いたことが……』
「それは、確かにあるけど……」
迷いの原因は、初めてリィナと会った時のあれだった。
もちろんあれは直前にリィナが暴君を口にしていたせいで起きた悲劇だったわけだけど、あれ以来どうしても口でするという行為に抵抗ができてしまったのだ。
その手のビデオを見ていても、フェラチオのシーンになると幻痛が走って萎えてしまうことも珍しくなかった。
今は薬の効果もあってかそこまではいかないものの、何となく腰が引けてしまう。
それでも、自分が言ったことが間違ったことだったんじゃないかと不安そうにこちらを見上げる視線に射抜かれてしまうと、拒絶するのがひどく悪いことのような気がしてきて――、
「わかった、じゃあやってみて」
結局、そう言ってしまう。
『はい』
それを聞くと、すずは一転して晴れやかな笑みを浮かべてまたペニスと向かい合う。
その顔が下がっていって、花のような小さな唇が先端へと近づいていく。
その姿に不意に、節分の日にその年の恵方を向いて太巻きを丸ごと食べるという風習のことが頭に過る。
少なくとも実家にいる頃はそんなことはしていなかったのだが、こっちに出てくるとまるで当然のことのようにCMや店頭で紹介されていた。
個人的には、例えば家族揃って同じ方角を向いて太巻きにかぶりついている様子は、端から見たらかなりシュールな光景だと思うんだが。
「うっ……」
恐怖を紛らわせるためか、現実逃避気味にそんなことを考えていると、すずの唇の隙間から顔を覗かせた真っ赤な舌が、先端に溜まっていた大粒の水滴を不意打ち気味にすくい取っていく。
『不思議な味です……』
そのままチロリチロリと、何度か様子を見るように亀頭を舌が掠めていくと、その度に腰が震えるほどの快感が全身を貫いていった。
指とは対照的に熱いその感触。
粘膜同士が触れ合い擦れ合い、そして離れていく。
すずはしばらくそれをを続けると、今度は精一杯口を開いて俺のものを一息に咥え込んだ。
「う、ぁ……」
一瞬過去の記憶が蘇り肝が冷えるという感覚を味わい、けれど次の瞬間襲ってきた亀頭と幹の半分ほどが全方位から熱い粘膜に包まれる感覚は、想像していたよりもはるかに心地いいものだった。
亀頭上面で感じる上顎のツルツルした感触と、そして裏筋とその周辺にねっとりと絡み付く舌の感触。
『気持ちいいですか?』
「あ、ああ……」
幼い少女が自分のものを口に含んでいるという光景と、すずが頭を前後に動かすことで口元から生まれるジュプジュプという水音。
触覚から生まれる快感が、それらによって何倍にも増幅されて背筋を駆け上ってくる。
『あの、もしよろしければ角のあたりを触っていただけませんか』
「つ、つの……?」
意識が薄れそうなほどの快感の中で、そんな言葉を聞き、言われるがままに前後する額にある2つの突起に指を伸ばす。
「んん……ぷ……」
触れた瞬間、何かに耐えるようにすずは目をぎゅっと瞑り、頭の動きを一旦止め、けれどすぐに再開させる。
もう1度触れるとまた。
『そこ、気持ちいいんです』
脇に置かれたかぼちゃ頭がそう言うと、すずの頬が燃えるように朱に色づく。
外見上少女が人でないことを唯一主張するその角は、皮膚のすぐ下に何か硬いものがある不思議な感触を持っていた。
こころなしか玄関で抱き上げた時より大きくなっているような気がするそれの感触は、勃起したペニスの幹の部分に近いのかもしれない。
だとするとそれを触れられたときすずの側が感じる感覚も、俺がさっき彼女の指から、そして今は唇から受け取っているそれに近いんだろうか。
「すず、ここで感じるんだな」
『恥ずかしいです。
 でも、気持ち良くて……』
普通なら口いっぱい頬張った状態ではまともに喋れるはずがないのだが、すずにはすらっとちゃんとかいうかぼちゃがあるせいでちゃんと会話が成立する。
別にこういう用途を意図したわけじゃないだろうがリィナもたまにはいい物を作る、そんなことを思ったときだった。
『もっ……さわってくだ……』
持ち主の名前通り、鈴を転がすようだった声に突如として耳障りなノイズが混じり始める。
この事態はすずにとっても予想外だったらしく、さすがに1度俺のものから口を離すと置いてあったかぼちゃ頭を手に取った。
とぎれた快感を残念に思うだけの暇もなく、最初はたまに入る程度だったノイズはあっという間に勢力を拡大していく。
『どうし……きなり……もし……て……さっ……ショック……』
すずは困惑の表情で、かぼちゃ頭を引っくり返してみたり振ってみたりして何とか元に戻せないかと奮闘する。
けれどその努力の甲斐もなく、やがてかぼちゃの口からノイズしか聞こえないほどになると、次の瞬間すらっとちゃんは完全に沈黙してしまった。
それまでが嘘のように部屋が静寂に包まれる。
「もしかして、最初のあれのせいなのか?」
最後の方でかなり聞き取りにくかったけれど、さっきのショックでという言葉が聞こえた気がする。
わざとじゃないとはいえ、玄関で俺は彼女に豆をぶつけてしまった。
どういう原理かはさっぱりわからないけど、あの豆はすずを気絶させるぐらいの衝撃を生み出したらしい。
その時に彼女だけじゃなく、持ち物にまで負荷がかかったというのはなくはなさそうな話だった。
「悪い……」
言葉が話せないすずにとって、これは生活に必要不可欠な道具だったはず。
それを壊してしまったことに、とめどない罪悪感が込み上げてくる。
できることなら責任を取りたいけど、リィナが作った物を俺が修理も弁償もできるはずがない。
項垂れると視線の先にあるのは、こんな状態になっても未だに臨戦体勢を解かない自分のペニス。
薬の効果もあるとはいえ、情けなさで目頭が熱くなった。
なのに滲む視界の中、意思に反してそそり立つそれを満足させようと、覆い被さるようにすずが身を乗り出してくる。
それを認識した瞬間、俺は反射的に彼女の肩を押し止めるように掴んでいた。
細い肩。
少し力を込めれば壊れてしまいそうなそれは、鬼という単語から連想される力強さとは対照的な儚さを持ち合わせていた。
すずはやろうとしていたことを止められて、不思議そうにこちらを見上げてくる。
「もういいよ、後は自分でやるから」
これ以上、彼女にしてもらうのは俺の方が耐えられなかった。
さっきまでの行為があれば、後は自分でやっても十分生気は出ていってくれるはずだ。
俺にできる罪滅ぼしは、せめて彼女に生気を分けることぐらい。
そんな俺の言葉に、すずは言葉の代わりに首を左右にふるふると振ることで自分の気持ちを伝えてくる。
「でも……」
それでも俺が断ろうとすると、今度は眉を八の字にして瞳を潤ませる。
さっきまでのが気持ち良くなかったのと、そう言われている気がした。
涙に揺れる不安そうな瞳。
それを見て、俺はまた自分のことしか考えていなかったことを思い知らされる。
「……わかった、じゃあお願いするよ」
俺がそう言うと、彼女は笑顔に戻って中断していた行為を再開する。
だから俺もそんな彼女に少しでも気持ちよくなってほしくて、角責めを再開させた。
扱くと言うには高さが足りない彼女の角。
2本の指で摘むように触れてみたり、麓を1周なぞってみたりして、すずの反応をうかがってみる。
さっきまでと違い会話はない。
ただ俺の指の動きに合わせてすずの喉の奥から零れ出す吐息が、口の端で泡となっては弾けて消える。
俺の方も熱心な奉仕を受けるペニスの根元に生まれた熱い塊が刻一刻と大きくなっていくのを感じていた。
そこを狙い澄ましたように、初めて強烈な吸引が施される。
頬紅を差したように上気したすずの頬が窄まり、膣や腸、そして自分の手では決して実現できない吸引という刺激が俺の理性をさらっていく。
「くっ――!」
まずいと思う間もなく、頭の中で何かが爆発した。
温かい粘膜に包まれたまま、俺のものの先端が溜まっていた白濁を吐き出していく。
薬に感度を高められた状態での射精感は、目の前で火花が散っているような錯覚を感じさせるほど鮮烈だった。
繰り返し繰り返し、どろりとした粘液がペニスの中を滑り抜けていく感覚に身を委ねる。
とにかく精液を放出すること以外に何も考えられないほどの気持ちよさ。
と、突然それまで温かいものに包まれていた亀頭が外気に晒され、その冷たさに意識をわずかに引き戻される。
自分でも気付かない内に天井に向けていた視線を下に向けるのと同じくして、小さく咳き込む音が俺の耳に届いた。
「あ――」
目の前が真っ暗になる瞬間というのは、まさにこういう時だろう。
出すだけ出してようやく萎えた自分の性器と、俯いて咳き込む少女の後頭部。
すずの小さな頭が震えるたびに、布団に精液と唾液が混ざったマーブル状の液体がぼとぼとと落ちていく。
その光景に、さっきまでの高揚感は一瞬で罪悪感にすりかわる。
少なくとも途中までは、出す時はティッシュにと、そう思っていたはずだった。
なのに最後の瞬間、そんなことを考える余裕もなく、全てを彼女の小さな口内に解き放ってしまったのだ。
「だ、大丈夫か?」
混乱していた俺の口から飛び出したのはそんなありふれた言葉。
「だ、大丈夫なわけ、ないじゃない……」
それに対し、まだむせながら彼女が返したのはそんな――。
すずが喋ったということにまず驚き、一拍遅れてその内容に凍り付く。
はっとしたようにこちらを振り仰ぐすず。
口元に手を当て、大きく目を見開いたその姿は、さっきの言葉が幻聴なんかではないと確かに証明していた。
「ご、ごめん、俺……」
すずはブンブンと首を横に振る。
それが何を意味しているのか、俺にはよくわからなかった。
行為を再開する前の時は、言葉がなくてもちゃんと気持ちが伝わってきたと思えたのに。
謝ったって許さないと言いたいのだろうか。
すずの目尻で涙の粒が膨れ上がり、けれど俺は幸か不幸かそれが零れ落ちる瞬間を見ることができなかった。
その前に彼女は立ち上がると、身を翻して外へと駆け出してしまったからだ。
その後ろ姿に、初めてあった日のカノの後ろ姿がだぶる。
俺はとっさに追いかけようと立ち上がり、その瞬間強烈なめまいに襲われてたまらず膝を付いてしまった。
意識を保てないほどではないけれど、それでも生気を吸われているらしい。
そのこと自体は、すずがここに来た目的がちゃんと達成されたということで、決して悪いことではないはずだ。
けれど顔を上げた時、閉められたままの扉を擦り抜けてその向こうに消えるすずの後ろ姿を追えないことが、どうしようもなくもどかしくて俺は唇を噛み締めた。
それくらいしか、できなかった。



「新緑の外套だけじゃなくすらっとちゃんまで壊れるなんて、お兄さんもしかして前世はグレムリンだったりするんじゃない?」
事の成り行きを1通り説明すると、不機嫌さを隠そうともしない声音でリィナが言った。
グレムリン? なんか映画か何かで聞いたことがあるような。
「ちなみにグレムリンっていうのは、いるだけで周囲の機械の調子を狂わす、はた迷惑な悪魔のことね」
そっちに疎い俺の心の声にまで応えて、わざわざ解説をしてくれるのは親切と言って良いのか悪いのか。
ともあれ、なるほど確かにそのグレムリンとやらは発明好きなリィナにとっては天敵のような存在だろう。
リィナにも苦手な相手がいるというのはなかなか意外なことだと言ってもいいかもしれない。
「それにしても、初めての子相手でいきなり口の中に出したら、怒られてもしかたないよね」
それを言われると返す言葉もない。
あれから1週間後、我が家にやってきたのは外套の修理を終えたカノでも、そして俺がある意味今1番会いたい相手であるすずでもなく、リィナだった。
カノの方はとりあえず修理の大部分は終わったものの、あと少し調整があるからまだ帰ってはこれないらしい。
ただ直接の作業は一段落したということで一足先にこちらに来たリィナに対し、教師に叱られる生徒の気分で俺は事情を説明して首をたれていた。
「だから優しくしてあげてって手紙でも念を押しておいたのに」
穴があったら入りたい。
そこで隠れることができるなら、今なら墓穴だって喜んで飛び込むだろう。
「それで、お兄さんはどうしたいの?」
そう促されて俺は久しぶりに顔を上げた。
かぼちゃに刳り抜かれた穴の奥から、リィナの非難の視線が向けられているような気がする。
思わず視線を逸らしたくなって、それでも何とかそれを堪える。
それでは何も伝わらないと思ったからだ。
「俺は、もう1度会ってちゃんと謝りたい。
 このままなんて……」
「でもお兄さんを向こうに連れていくのは無理だし、まだ移動に慣れてないすずをそうそう何度も行ったり来たりさせるのも良くないんだよね。
 なんだかんだで一応生気は吸えたみたいだけど、移動と、あと最初に豆ぶつけられた分を考えるとむしろ赤字みたいなものだし」
その言葉が胸に容赦なく突き刺さる。
俺の方ならいくらだって無理をする覚悟はあるけど、すずがこちらに来るのが困難だというのに対し、俺が行くのはきっぱり無理だと断言されたのだ。
俺が行けないからといって、謝るために彼女に無理して来てもらうのでは本末転倒の極みだろう。
直接会えないならどうしたらいい。
そう自問していると、不意にリィナがよく使っている連絡手段が閃いた。
「なら、手紙を届けてくれないか?」
「でも、あの子、まだこっちの字は読めないよ」
俺が必死に頭を巡らせてたどり付いた案は、ものの見事に一瞬で却下されてしまう。
だけどここで引き下がるわけにはいかない。
「それなら、リィナ達が使ってる字を教えてくれ」
床に擦り付けんばかりの勢いで頭を下げる。
普段ならリィナに頭を下げるのは抵抗があっただろうけど、今は形振りを構っていられる状態ではなかった。
「授業料は高いよ?」
頭の上から投げかけられた言葉。
「何でもする……だから頼む」
一瞬の沈黙。
「ぷっ……くくく……」
その沈黙を破ったのは、必死に堪えようとしてそれでも堪え切れなかったような押し殺した笑い声。
さすがにこれには頭に血が昇るのを抑えられなかった。
「リィナ! 俺は真面目に……」
「ごめんごめん……まあ、ちゃんと反省してるみたいだから、はいこれ」
笑い混じりのそんな台詞と共に黒マントの中から差し出された手が持っていたのは、二つ折りにされた1枚の紙だった。
それを釈然としないまま受け取って開く。
そこにあったのは――、
『ごめんなさい すず』
それだけだった。
お世辞にも綺麗とは言えない歪なひらがなが並べられたその手紙。
だけどそれだけに、そこに込められた思いが伝わってくるような、そんな手紙だった。
「お兄さんとすず、全く同じこと言うんだもん。
 せっかく授業料として色々してもらおうと思ったのに我慢できなくなっちゃった」
「でも、なんで? すずが謝る理由なんて……」
「あの子、天邪鬼だから喋ろうとすると言おうとしてたことの反対のことを言っちゃうんだよね。
 だからすらっとちゃん作ってあげたんだけど」
「あ、あまの……じゃく? 言おうとしていたことの、反対?」
「そうそう、だからあの子が大丈夫じゃないって言ったなら、本当は大丈夫って言おうとしてたってこと」
リィナの言っていることが耳には入ってくるのにうまく理解できない。
「口でしたいって言ったのもすずからなんじゃない? たぶん、してる最中にうっかり何か喋っちゃわないようにってのもあったと思うんだけど」
さっきの説明ではその辺の経緯は省いたが、確かにリィナが言った通り口でというのはすずからの提案だった。
「すずの方から口でしたなんて言ったら言い訳になると思って、さっきは言わなかったんでしょ? お兄さんのそういうとこは嫌いじゃないよ」
「な、ななな……」
理解するにつれ、1度下がっていた血がまた頭に集中してくる。
「なんでそれを早く……俺がどれだけ……」
頭が沸騰してうまく言葉が繋がらない。
いくつもの断片だけが口から零れだしていくような、そんな感覚。
「だって面白いし」
飄々と言われたその言葉で何かが切れた。
「リィナ――!」
立ち上がって掴みかかろうとしたところで、1瞬早くそれを制するようにリィナの指が鼻先に突き付けられる。
それだけで、まるで魔法でもかけられたように体が動かなくなった。
「嘘だよ、嘘。
 いくらなんでも、それだけでここまでしないって」
白々しいことを……。
「あ、疑ってる? でもね、やっぱりお兄さんはしっかりと反省すべきだと思うんだ。
 すずが口の中に出された後、大丈夫だって言おうとしたのは確かだけど、本当に平気だったかどうかはまた別の問題なんだから。
 むしろ、普段絶対喋らないように気を付けてるあの子がうっかりでも喋っちゃったってことは、よっぽどテンパってたんだと思うけど」
「ぐっ……」
苦しそうに咳き込むすずの姿が脳裏に過る。
この1週間、それこそ夢にまで出てきた光景だ。
「納得した?」
「あ、ああ……」
「じゃあ、さっさとお勉強始めないとね?」
「ベ、勉強?」
「手紙、書くんでしょ?」
そうだった。
怒りのせいで、それこそうっかり忘れそうになっていた。
「授業料、高いからね?」
その瞬間、かぼちゃ越しでもリィナがにやりと笑ったのがはっきりと感じられ、俺は心の中で天を仰いだのだった。

結局その後、大学生特有の長い春休みの大半を寝て過ごす羽目になることと引き換えに、なんとかすず宛ての手紙を書き上げることができた。
それを持ったリィナの帰り際、俺は節分の時余っていた豆を一縷の望みをかけて投げ付けてみたりもした。
出会ってからこの方、常にリィナに手玉に取られ、虐げられ続けた俺からの、せめてもの仕返しのつもりのその一撃。
けれど鬼の少女を一撃で気絶させたそれはかぼちゃ頭の少女には何の効果もなく、むしろ刃向かおうとした罰として、寝て過ごす期間が新年度になっても終わらないくらいの制裁が加えられる羽目になる。
まさに完全な墓穴。
せめてもの救いは、ようやく外套の調整も終わって帰ってきたカノに看病してもらえたことだけ。
カノの優しさが、身に沁みた。
そしてそれからさらに約1年後。
節分の日に再び我が家にやってきたすずは、リィナの入れ知恵で前の真っ赤な着物とは打って変わって虎縞ビキニで登場し、あまりのギャップにそれこそ俺は雷に打たれたような衝撃を食らうことになる。
ただし、それはまた別の話。

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