「たあああぁぁぁぁぁぁ!」
夜の森の中に、少女の叫びが響き渡る。
その声の直後、木々の合間を擦り抜けて高速で飛来したのは、その声の主である少女の首から上だけだった。
長いブロンドの髪がかすかな月灯りを反射して、あたかも流星の尾のようにたなびいている。
向かう先は、森の中わずかに開けた場所に立っている1人の青年だ。
その青年を挟んだ反対側からは蹄が土を連続で打つ音も聞こえてきており、すぐに木々の隙間から夜闇に溶け込みそうな漆黒の毛並みを持つ馬が姿を現す。
そんな状況にあっても、少女の首と黒馬の2つに挟み撃ちにされた青年は、慌てた素振りも見せなかった。
「へぶっ!?」
青年まであと数メートルといったところで、少女の首が奇妙な呻き声を上げて弾き飛ばされる。
そしてまた馬の方も同じほどの距離で動きを止められていた。
少女のように弾き飛ばされはしないものの、前に進むこともできないらしく、空しく蹄で土を掻くことしかできていない。
まるで青年を中心にして、見えない壁でも張り巡らされているかのような光景だった。
「さて、これで……」
地面に転がった少女の首に近づきながら、青年が口を開いた直後、頭上に生い茂る葉が突然音を立てた。
何重もの葉擦れの音を立てながら落下してきたのは、小柄の少女の体躯だ。
ただしその肩の上に頭は付いていなかった。
動きやすそうな身軽な服装と、その矮躯にはいささか以上に不釣合いな長剣を手に持ち、獲物を狙う猛禽類の鋭さで青年めがけ落下してくる。
「発想は悪くないんですが……」
その場の雰囲気にそぐわないのほほんとした口調とともにそれを見上げながら、青年が腕を振る。
すると彼の袖から4つの小さな金属球が飛び出し、青年の頭上で正方形を形作った。
金属球を頂点として作られた四角形の中を少女の身体が通過しようとして、けれどそれは適わない。
そこに確かな床ができているように、少女の身体は空中で着地してしまったのだ。
「こんどこそ、ネタ切れですね」
足元に転がる少女の首に視線を落とし、穏やかな笑みを浮かべながら青年が言う。
対する少女の方は眉尻を吊り上げ、青年の方を睨み返した。
「囮と伏兵という考え方は悪くないんですけど、いかんせん私はあなたのことを知ってますからねぇ」
青年はそれまでの笑みの中に、わずかに困ったような色合いを滲ませる。
それはやんちゃな教え子を前にした教師のような苦笑だ。
だが、それを向けられた少女の方はそこに侮蔑の色合いを読み取ったのだろうか。
「なによなによなによー! 余裕ぶっちゃって!」
目尻に涙を浮かべた少女の首が、誰の手も借りずにふっと宙に浮いた。
そのまま滑るように馬の方へと飛んでいくと、空中に生まれた見えない床の上にいた身体の方もその後を追う。
そして合流を果たした少女の頭と身体は黒馬に跨り、風のように森の奥へと走り去ってしまった。
「今度こそ、目に物見せてやるんだからー!」
そんな叫びだけを残して。
残された側の青年は少女の消えた先を眺めながら、小さな溜め息をついた。
「自分でそうなるように仕向けたとはいえ、まさかここまで頑固だとは……」
思わずそんな言葉を漏らしてしまう。
青年があの少女と出会ったのは、1週間ほど前のことだ。
彼は旅の途中で立ち寄った村で、近くの森に住み着いたデュラハンをどうにかしてほしいという依頼を受けた。
デュラハン――怨霊の騎士などとも呼ばれる高位のアンデッドモンスターであり、普通の人々にとっては畏怖の対象として十分過ぎるほどの存在。
けれど、彼が森に入って出会ったのは、事前の予想とは随分異なるデュラハンだった。
自らの首を手に持った黒馬の騎士というデュラハンの条件は満たしているが、年端もいかないような少女がデュラハンになったなど、さすがにそれなり長い旅をしてきた彼でも聞いたことがない。
最初こそ驚きのあまり呆然としたものの、縄張りと決めた森への侵入者を発見して襲いかかってきた彼女に応戦する形で戦闘となり、捕らえることに成功したのだった。

「ということで、村の人たちも困っているんですよ。
 ですから……」
「なんで、あたしが人間なんかの言うことを聞かないといけないのよ!」
「人間なんかって……あなただって以前は……」
「そんな昔のことなんて覚えてないもん!」
村の外れに立てられたあばら家の中で、青年と少女が顔を突き合わせていた。
といっても少女の方は首から上だけしかなく、晒し首よろしくテーブルの上にちょこんと置かれている状態だ。
緩くウェーブのかかった長髪が広がり、テーブルの上はあたかも夜明け時の金色の海のような様相を呈していた。
テーブルの上にはその髪を囲むように金属球が4つ置かれており、そしてその上空にも4つの金属球が浮いている。
ちょうど立方体の各頂点に配置された金属球が見えない箱を作り、少女の首を閉じ込めているのだ。
部屋の隅には首から下を完全に覆うような全身鎧が、まるで展示されているように置かれている。
だが、その鎧の中が空でないことは、時折動く指から見て取れた。
そう、少女の身体はまだその中に入っているのだ。
にも関わらず、関節部分に金属球が入り込んでいるせいで可動範囲が極端に制限され、本来なら少女を守ってくれるはずの全身鎧が、逆に彼女を拘束する枷となってしまっていた。
「だいたい、あたしは人間に危害なんて加えてないじゃない。
 ただあの森の空気が気に入ったから、あそこを住みかに決めただけ!」
少女が外見相応の可愛らしい仕草で頬を膨らませる。
その言葉は真実だった。
だからこそ、彼女の目の前にいる青年――フェルトも、できれば手荒なことをせず平和的な解決を望んでいるのだが。
「確かに直接的な被害は出ていないんですが、近くの森にデュラハンが住みついたなんて噂が広がれば、この村を訪れる人がいなくなってしまうんですよ」
人口百人にも満たないこの村では、時折訪れる行商人の扱う品が生命線になっている。
故にそれを断たれれば、住民はかなりの不便を強いられることになるだろう。
「そんなことまで知らないもん!」
これ以上は話すことなんてないとばかりに、首から上だけで器用にもぷいっとそっぽを向く少女。
それを見ながら、フェルトはますます困り果てたとばかりに眉を寄せた。
「どうしてもと言うなら、こちらとしても少々手荒なこともしなくてはいけませんよ」
いかにも気が乗らないといった感じのフェルトの言葉に、少女は形のいい眉をぴくんと跳ねさせた。
少女としても、身体の自由は奪われ、頭もこうして閉じ込められている以上、自分がそれこそまな板に乗せられた食材のような状態であることくらいは認識している。
それでもこうやって強気な態度を維持できているのは、偏に目の前の青年が気弱げな感じであるせいが大きかった。
「な、なによ、殺したいなら殺せばいいじゃない!」
わずかに瞳を潤ませながら、それでもそう言いきった少女に、フェルトはもう今日になって何度ついたかわからない溜め息をもう1度ついた。
「仕方ないですね」
そう呟きながら腕を振ると、その袖から幾つかの新たな金属球が零れ落ち、部屋の隅へと向かっていく。
当然その先にあるのは、少女の身体を包み込み、拘束している全身鎧だ。
彼がその気になれば、その球は易々と少女の皮膚を貫いて体内に潜り込んでくるだけの力があることを、彼女は感じ取っている。
それだけの力を持った球が本来首を通す穴から鎧の中に入っていくのを横目でとらえ、少女は恐怖のあまり目をギュッと瞑った。
「ふぇ……」
次の瞬間全身を貫くだろう激痛に対し、せめてもの心構えをしようとした矢先だった。
「ひあ、や、な、なに、あは、や、やぁ……」
全く予想していなかった刺激に、少女はなす術もなく声を上げた。
鎧の中に忍び込んだ金属球が、少女の腋の下や脇腹などの敏感な場所に張り付き、細かく振動を始めたのだ。
脳を直接掻き毟られるようなくすぐったさに、反射的にその元凶を払いのけようとしても、少女の腕はほとんど動かすことができない。
鎧の中で空しく身体が暴れ始めたせいで、金属が擦れ合う耳障りな音が部屋の中に反響した。
「や、やめ、あははは、だめ、くすぐった……やだ、やめてぇ」
涙を浮かべながら、少女が懇願する。
すると、それを聞き入れてくれたのか、振動が突然ぴたりと止まった。
「あ、はぁ……はぁ……」
訪れた休息に、大きく息を吐いて気持ちを落ち着けようとする。
本来なら少女の今の身体は呼吸など必要としていないのだが、それでもこういう時には無意識の内に人間だった頃の行動が出てしまうらしい。
「さて、別の所に移っていただく決心はつきましたか?」
「……やだ、絶対やだ……」
問いかける青年に、少女は反射的に拒絶の言葉を口にしていた。
別にそこまであの森に執着しているわけではないのだが、少女が持っているプライドが人間のいいなりになることを拒絶したのだ。
「ひああ、ま、またぁ……」
その答えに振動が再開され、少女はまたも悶絶させられる。
それからしばらく、時折振動を止めては質問され、それを拒絶することで振動が再開されるということが続けられた。

「やだ……ぜったい、やだもん……」
数え切れないほど繰り返された質問に、今回もまた同じ質問を返す。
長時間の責めを受けた少女の意識は、もう白く霞がかかり始めていた。
どうしてここまで拒絶しているのか、それどころか何を聞かれているかすら段々よくわからなくなり、それでも青年の声が聞こえると反射的に拒絶の言葉を口にしてしまう。
薄れゆく意識の中で、最後に残された意地だけが少女の口を動かしていた。
涙と涎で、テーブルの上に広がっている髪はかなりの範囲が濡れてしまっている。
身体の方も、もはや時折痙攣する程度で、最初の頃ほどの反応を見せなくなってしまっていた。
その様子にさすがに青年もこれ以上は無理と判断したのか、少女の敏感な場所に張り付けていた金属球を回収する。
それと同時に、少女の頭を閉じ込めている見えない箱を作っていた分と、少女の身体を拘束していた分もまとめて袖の中へと戻していった。
最初の内は少女の身体から自由を奪っていて、そして途中からは彼女の身体を支えていた金属球がなくなり、部屋の隅で鎧に包まれた身体が崩れ落ちる。
ただし篭手に覆われた右手の中心に、たった1つだけ硬質な感触が残されていることに、少女は朦朧とする意識の中でも気付いていた。
「ぜったい、しかえししてやるんだから……」
今にも途切れそうな意識の中で、目の前にいる青年に対し宣言する。
「それで結構ですよ。
 1つだけ残してあるそれがあれば、私の居場所はわかるでしょうから、そのつもりがあるなら追いかけてきてください」
それだけ言い残して、フェルトは小屋から出ていってしまった。
「ぜったい……ぜったいなんだから……」
そして、1人残された部屋で誰にともなくそう呟いて、少女は意識を失った。

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