「ただいまー」
「あ、隆、ごはんは?」
夏休みを利用したバイト帰り、慣れない力仕事で強張った肩をほぐしながら靴を脱いでいるとリビングから顔を出した母さんに声をかけられる。
「あー、ごめん、食べてきたからいいや」
「もう、そういう時は電話しなさいって言ってるでしょ?」
ここ最近日常になりつつある、そんな会話。
「これからは気をつけるって」
そしてこれまた恒例になっているそんな返事をしつつリビングの前を通り過ぎようとした時、俺はいつもと違う様子に気がついて足を止めた。
「ん、瑠菜もまだ食べてないのか?」
テーブルに置かれたいくつもの皿。
その上には、まだ手をつけられていない料理達が綺麗なまま乗せられていた。
母さんはいつも遅くなる父さんと一緒に食べることにしているから、この時間でまだ食べてなくてもそれはいつものこと。
だから普段は俺と、妹の瑠菜の2人で先に食べているんだが、今日は帰りに寄り道してきたせいで俺の方が随分遅くなってしまった。
ということで当然瑠菜だけが先に食べているだろうと思っていたんだが。
もしかして俺が帰ってくるのを待っていたんだろうか。
だとしたら悪いことしたなと素直に思う。
瑠菜は、今年中学に上がったばかりの5つ下の妹だ。
兄妹仲は、たぶん悪くない。
というか、むしろかなりいい方なんじゃないかと俺としては思っている。
さすがにここ数年はそうでもなくなったが、以前は本当にべったりと言ってもいいくらい瑠菜は俺の後ろにくっついて回っていた。
俺としては、まあたまにはちょっとうっとうしく思ったりもしたことも確かだが、基本的にはそんな妹のことが嫌いではなかった。
そんな関係。
「それが、瑠菜も今日はいらないって。
 もう、こんなにお父さんと2人じゃ食べきれないわよ」
そんな愚痴をこぼす母さんに改めて悪いことをしたなと思いつつ、瑠菜がご飯を抜くなんて珍しいこともあるもんだと変な感心もしてしまう。
まさかダイエットを始めたなんて理由ではないだろう。
あいつはむしろ「肉食え肉、あと牛乳な!」――そう言いたくなるくらい年の割りに小柄な方だ。
とはいえ、もしどこかで食べてくるなら几帳面なあいつのこと、俺と違ってちゃんと連絡ぐらい入れているはず。
となると、あと考えられる可能性としては――、
「ふぅん、具合でも悪いの?」
「そうみたい。
 小百合ちゃんの家から帰ってきて、そのまま部屋で寝てるのよ。
 だからあんまりうるさくしちゃだめよ?」
「りょーかい」
小百合ちゃんというのは瑠菜の友達で、あと1人恵子ちゃんを加えた3人が正に仲良し3人組といった感じでいつも集まっているらしい。
そういえば瑠菜が少し兄離れをしはじめたのは、ちょうど小学4年のクラス替えでその2人と同じクラスになったあたりからだったか。
そんなことを考えながら、俺は階段へと歩みを再開させたのだった。

抜き足差し足というほどでもないが、それでも心持ち慎重な足取りで瑠菜の部屋の前を通り過ぎようとする。
ところが、そんな俺の気遣いを台無しにしたのは突如としてポケットの中で鳴り響いた携帯の着信音だった。
ったく、どこのどいつだ。
慌てて取り出して確認すると、メールの差出人は――、
「――瑠菜?」
今俺の目の前にある扉の向こうで寝ているはずの妹の名前が表示されていたことに、一瞬込み上げた怒りの矛先を奪われて困惑してしまう。
開いてみれば文面は『すぐ部屋に来て』、この簡潔さ。
解消されるどころか、困惑はますます深まるばかりだ。
眠っていなければ俺が帰ってきたのはわかるだろう。
だが、普通用があるなら直接言いに来ればいいことだ。
たったドア1枚隔てた所にいる相手にわざわざメールを送るなんて……。
「まさか!?」
最悪の想像が頭を過ぎる。
「瑠菜!」
もう扉越しに声をかけることもできないほど苦しくて、それでも助けを求めて震える手でメールを打っている妹の姿がひどく鮮明に頭の中に描き出された瞬間、俺は我も忘れて妹の部屋に飛び込んでいた。
そうして入った妹の部屋。
すぐに目に付いたのは、ベッドの上でこんもりと盛り上がった掛け布団だった。
「瑠菜、大丈夫か!?」
今も瑠菜がその中で、小さなその体をくの字に折って苦痛に耐えているかと思うと胸が引き裂かれんばかりだ。
「お、お兄ちゃん?」
布団越しに聞こえるくぐもった妹の声。
それが思っていたよりは普通だったことに少しだけ安心する。
と、掛け布団のふくらみがもぞもぞ動いたかと思うと、瑠菜が顔だけこちらに見せる。
それはちょうど頭を引っ込めた亀が甲羅の中からこっちを覗いているような、そんな状態だった。
顔がひどく紅潮して見えるのは熱があるせいだろうか。
その瞳は俺を通り越して背後を見ると――、
「は、早くドア閉めて!」
ひどく切羽詰った口調でそんなことを言ってくる。
声を抑えつつ怒鳴るというなかなか器用な芸当だ。
言われて振り返ってみると、確かにドアを開けっ放しにしていたことに気がついた。
とはいえ、今はそれどころじゃないだろう。
「お、おい、大丈夫なのか? 俺はてっきり……――」
「早く閉めてってば!」
妹の体調を気遣う俺に対して、当の瑠菜の態度は随分刺々しかった。
というか、こいつに怒鳴られるのなんて初めてなんじゃないだろうか。
正直迫力なんて皆無なんだが、どこか鬼気迫る様子が俺を渋々ながらもドアに向かわせた。

「いったいどうしたんだよ? 結構心配したんだぞ?」
立っているのもなんなのでベッドに腰掛ける。
瑠菜は未だに亀モードだ。
まるで今にも大地震が襲ってくるんだと言わんばかりに頭から布団を被っている。
「ご、ごめんなさい」
今にも泣き出しそうな震える声で、亀のまま謝る様子は、亀なことを除けば俺の知ってるいつもの妹だ。
「いや、別に怒ってるわけじゃないけど、用があるなら直接声かければよかっただろ? わざわざメールなんて使うから余計――」
「だ、だって……お母さんに聞こえちゃうかもしれなかったから……」
「……? 別に聞こえたっていいだろ」
最近は少し減ったとはいえ、どっちかの部屋で喋ったりゲームしたりするのはそう珍しいことじゃない。
「もしかして飯食わなかったの気にしてんのか? だったら今からでも――」
顔を合わせた喋ってみた感じ、別に具合が悪そうにも見えない。
顔が赤いし、汗をかいているみたいだが、そんなのこの季節に薄手のものとはいえ布団を頭から被ってたら誰でもそうなるだろう。
「た、食べれないよ……」
口調がますます弱弱しくなる。
経験からすれば、まさしく涙腺決壊一歩手前といったところだった。
こうなってしまうと俺の方からは切り込みにくくなってしまう。
さすがに泣き出されたら困るのだ。
「……ね、ねぇ、お兄ちゃん?」
そんなこんなで宥める言葉を探していると、今度は逆に瑠菜の方から切り出してくる。
そのことに一瞬ラッキーと思ったが、実際には幸運でもなんでもなかったことを次の瞬間には思い知らされていた。
なんてたって、次に妹の口から飛び出してきた言葉は――、
「お兄ちゃん、エッチしたことある?」
あまりにも想定外のそんな質問だったからだ。

「な、ななななな、いきなり何を言いだすのかな、この妹は。
 いや待て、待て待て待て、オーケイわかったそうだそうだよな、なりは小さくても胸はぺったんこでも瑠菜も一応、そう一応は中学生なんだし、そろそろその辺に興味がわいてきてもしかたないところだろう。
 この場合、兄として最も最適な選択は何だ? まず、頭ごなしに否定するのは駄目だ。
 無理な抑圧はエロいことに好奇心いっぱいの妹を歪んだ性癖へと導きかねん。
 家族が寝静まった深夜、お兄ちゃんの部屋の前でオナニー、あ、だめ、声出したらお兄ちゃん起きちゃうよぉ! なのか!? そうなのか!?
 それはそれで俺的にはちょっとオッケーな気もするが、いやいやいや俺はいったい何を考えているそんなことは駄目に決まっているだろう。
 落ち着け俺! 鎮まるがいい煩悩よ! よし、治まった。
 と、とにかくとりあえずは兄としての包容力を持って、極力優しくいくのが最善にちがいない。
 となれば極力平静を装い、自分にできる最上級の優しい笑顔を顔面に貼り付けて――よし。
 どうしたんだ、瑠菜? いきなりそんなことを言ったりして。
 うむ、我ながら裏返ったりもしてないし完璧な口調だ」
「……お、お兄ちゃん?」
「む、どうしたことだ、これは? 表情も口調も完璧だったはずなのに、なぜ瑠菜はより一層怯えた様子で布団に潜り込む? 俺の対応のどこに失敗があったというだ!?」
「お兄ちゃん、さっきから考えてること全部声に出てる」
「ははははは、何を馬鹿な」
「わたし、お、お兄ちゃんの部屋の前でなんてしないもん」
蚊の鳴くような声で、さっき一瞬だけ俺の脳裏を過ぎった邪な妄想を言い当てる瑠菜。
「ま、マジで? 俺マジで全部言ってた?」
その質問に、布団を被りながら、妹はこくりと頷いたのだった。

「悪い、とりあえず落ち着いた」
一瞬目の前が真っ暗になり、本気で意識を失うかと思ったが何とか指先一本でもってくれた。
「ううん、気にしないでいいよ。
 わたしが変なこと聞いたのが悪いんだし」
本当に全部聞こえていたというなら即座に軽蔑されかねない内容だったはずなのに、それでもそう言ってくれる瑠菜は正に天使のような存在だった。
「……でも、小さいの、自分でも気にしてるのに……」
とはいえ、そんな天使でもさすがにちょっとご機嫌斜めらしい。
「悪かったって。
 で、本当にどうしたんだ? いきなりそんなこと聞いてきて」
一度盛大に暴走したおかげか、なんだか妙に穏やかな気分でそう問い直す。
さっきと違って、今度は意識してとりつくろう必要はなかった。
「うん、えっと……えっとね……」
さっきはいきなり核心過ぎる部分まで切り込んできたかと思うと、今度はひどく言いにくそうに言葉を濁す。
そのまま黙り込んでしまった妹を前に、俺は今度こそ声に出さないようにしながら可能性を探っていった。
やがてたどり着く一つの可能性。
「あー、初めてのアレが来たんだったら、俺より母さんに相談した方がいいぞ。
 さすがにその辺のことは男の俺にはちょっとわから――」
「ち、違うよ! それはまだ……じゃなくって、だから――」
俺の言葉を遮った瑠菜は、その勢いを借りるようにしてそのまま――、
「お、お兄ちゃんとエッチしたいの!」
多少どもりながら、そんな言葉を口にする。
その紛うことなき爆弾発言に、俺は――。
「――ちゃん、お兄ちゃん」
妹の呼びかける声に、ようやく脳が再起動に成功する。
「あ、ああ、悪い、ちょっと気が遠くなってた。
 ――なあ、瑠菜」
「な、なに?」
真っ赤な顔で布団の端からこちらを見上げる妹に、俺は最大限優しい声音で語りかける。
さっきも考えたことだが、一方的に否定するのは良くない。
ここはまず歩み寄りの姿勢を見せるのが大事だ。
「お前の年頃だと、そういうのに興味を覚えるのはわかる。
 そりゃ俺もお前ぐらいの時には毎晩のように1人でやってたもんだ。
 でもな、だからって自分を安売りしちゃダメだ。
 1人でするのまで止めろとは言わないが、誰かとするのはもっとちゃんと――」
「そ、そういうわけにはいかないの!」
「おいおい、どうしたんだよ? さてはあれか、誰かがやっちゃって自慢でもされたのか? だからって焦ってやっても後悔――」
「そうじゃなくて! ううぅー」
そこで瑠菜は目を固くつむってうなり声を出し始めた。
どうやら何か悩んでいるらしい。
しばらくして答えが出たのか目を開けると――、
「わ、笑わないでね?」
そんな妙な前置きをしてから、ずっと被っていた布団をどけた。
「――は?」
隠れていたショートカットの髪が露になる。
けれど蛍光灯の明かりの下に現れたのはそれだけじゃなく、ふさふさとした茶色の毛に覆われた動物の耳がなぜか妹の頭から垂れ下がっていた。
「ま、まさか、本物なのか」
最初見たときは、当然それはただの飾りだと思った。
ただ、その妙に似合っている1対の――たぶん犬の耳は、俺の見ている前でピクピクと震えていて、それがただの飾りでないことを主張している。
唖然とすると俺の目の前で、瑠菜は首を縦に振ると――、
「うん、だからこれを取るために協力してほしいの」
そう、言ったのだった。

「こっくりさんねぇ……またなんで今更そんなもんを」
「あのね、小百合ちゃんが古本屋さんで昔のオカルト雑誌を見つけて、それでやってみようって」
んー、あの娘はまた妙なところで妙なものを。
まあ、仲良し3人組の中では基本的に小百合ちゃんにイニシアチブがあるから、彼女がやると言い出したら他の2人では止められないだろう。
瑠菜は基本的に押しが弱くて誰かの後ろにくっついていくタイプだし、恵子ちゃんは瑠菜とは別の意味で自己主張の薄いタイプだ。
というか、何度か直接会ったがあの子に関しては何を考えているのかさっぱりよくわからん。
パッと見はぼーっとしているだけに見えるんだが――と、それよりはまず瑠菜のことか。
「で、全員のその犬耳がついたのか?」
実際に瑠菜にくっついているのは耳だけでなく尻尾もなのだが、なんでも3人でこっくりさんをしている最中に意識が遠くなって、気がついた時にはもう付いていたらしい。
正直とても信じられない話ではあるのだが、目の前にこうして動かぬ証拠を突きつけられると信じないわけにもいかなかった。
「ううん、小百合ちゃんはたぶん狐で、恵子ちゃんはたぶん狸の」
なるほど、それで狐狗狸さん揃い踏みか。
それにしても勝気な小百合ちゃんには狐で、従順な瑠菜には狗、そして不思議系の恵子ちゃんには狸が憑くとは、また随分とあつらえたような組み合わせだな。
「それで、そこからどうしてその、それを取るためにセックスだなんて話になったんだ?」
ちなみに、犬耳を見せてしまって隠れている必要がなくなった瑠菜は、今は亀モードから普通にベッドの上で座った姿勢になっている。
俺の質問に、瑠菜はだいぶ高さが近くなった視線を逸らすと――、
「だって、もう誰も触ってない10円玉が勝手に動いて、元に戻りたかったら好きな相手とセックスしろって」
なんだそのエロマンガ島でだけ通用するようなシチュエーションは。
思わずそう突っ込みかけたが、すんでの所で思いとどまった。
とりあえず瑠菜に罪はないんだ。
「それで、俺か?」
果たして、ここは喜ぶべきところだろうか。
んー、まあ嬉しくないわけでもないんだが、さすがにことがことだけに難しい。
「だ、だって、他の男の人ってなんだか怖いし……」
消去法か。
まあ、そんなところだろうとは思ったけどな。
瑠菜の顔は、もうこれ以上ないというくらい赤くなっている。
なんかもう立ち上る湯気まで見えそうな勢いだ。
これで他の男にこんなこと頼むのは無理と言うものだろう。
「とはいえ、さすがに俺はまずいだろ。
 仮にも俺達は兄妹なわけだし」
俺だって健全な男なわけで、そういうことに興味がないわけでもない。
というかむしろ興味全開と言っても過言ではなかった。
とは言っても、さすがにこの状況で据え膳食わぬなんとやら、などと開き直るほど常識知らずでもないつもりだ。
「でも、家族でしちゃいけないのって、赤ちゃんができると困るからでしょ? わたし、まだだから……」
「いや、確かにそれが一番大きいんだが、それ以外にも色々と難しい問題がだな。
 それに、まだ来てないって言っても、もしかしたら今日いきなり始まる可能性だって0じゃないわけだし」
1回の表、先頭打者に初球で大ホームランなんてことになったらマジで冗談じゃすまない。
家庭崩壊、という単語が脳裏を過ぎる。
本当に冗談じゃすまない。
「で、でもこのままじゃもう学校いけないよぉ……」
「んー、それは、そうなんだよなぁ……」
再び目に大粒の涙をためながら、すがるようにこちらを見上げてくる瑠菜。
確かに、登下校ぐらいなら大きな帽子で隠せないこともないんだろうが、さすがに教室でまで被り続けるわけにもいかないし、夏休みが終わるまでには何とかしないと。
となれば、やっぱ、やるしかないのか。
考え方によっては、これはもう溺れた相手に対する人工呼吸のようなもので、別にやましい気持ちはないと言い張れば何とか……。
そんなことを考えていると、不意に瑠菜が何かを思いついたように声をあげた。
「あ、そうだ」
「ん、どうした?」
何か名案を思いついたのかと思って期待してみたんだが――、
「あ、あのね、普通のセックスがダメなら、アナルセックスっていうのでもいいよ」
妹の提案は俺の期待の斜め上を突き抜けていった。
「ぶふっ!?」
「わっ、お兄ちゃんきたない」
「わ、悪い……って、瑠菜、お前そんなことどこで覚えてきたんだよ」
何も知らない純真無垢なやつだと思っていたのに、妹は兄の知らないところで大人の階段を着実に昇っていたらしい。
「ど、どこでって帰りに恵子ちゃんに教えてもらったの。
 お兄ちゃんがどうしても渋るようならそう言えばいいよって」
あ、あの娘はひとんちの妹になんてことを……。
「ていうか、お前は本当にそれでいいのか? 初めてのそれが本当にそっちでいいのか?」
確かにそれなら子どもができる可能性はまずないが、そもそも初めてでそっちを使うということに瑠菜は抵抗がないんだろうか。
お兄ちゃん、お前をそんな性にオープンな子に育てた覚えはないぞ。
「え、えっと、いいかわるいかって聞かれても、わたし、名前しか知らないし……」
「知らないんかい!?」
「だって、恵子ちゃんは詳しいことはお兄ちゃんにききなさいって。
 お兄ちゃんは知ってるんだよね?」
ほ、本当にあの娘は……。
何が哀しくて妹にアナルセックスについて解説せにゃならんのだ。
とはいえ、この状況でその義務を放棄するわけにもいかなくて、俺は渋々それについての知識を瑠菜に教える羽目になったのだった。

<後編へ> <目次へ> 動画 アダルト動画 ライブチャット